ランビック(Lambic)は世界でも珍しい、野生の酵母を使って作られるビールです。
何千年も前にビールが生まれたときは、空気中を漂う酵母が麦汁に入ることで発酵が行われていました。しかし、それでは品質が安定せず、ちゃんとしたビールができるかどうかわからないので、やがて特定の種類の酵母を培養して使うようになりました。
ランビックは、あえてこうした純粋培養の酵母を使わず、醸造所の周辺にいる野生の酵母を取り込んで製造しています。
自然酵母を取り込んで発酵を行わせるビールは、自然発酵ビール(ワイルドビール)と呼ばれ、その中でもランビックは、ベルギーのブリュッセル南西部にあるゼンネ川沿岸部のバヨッテンラント地域で作られているものだけに許されている名前です。シャンパン(スパークリングワイン)、パルミジャーノ(チーズ)、ケルシュ(ビール)などと同様に、EUの原産地名称保護制度に規定されています。
ランビックの作り方
ランビックの麦汁は、大麦麦芽と共に小麦(麦芽ではない生小麦)を30%以上使用しています。生小麦を使用するのは、ベルジャン・ホワイトビールと同じ方法です。
作られた麦汁は、煮沸してホップを加えて香り・苦みをつけるとともに雑菌の繁殖を防げるように準備します。ランビックは自然の菌を取り込んで長期の熟成を行うため、腐敗の危険にさらされやすいビールです。この問題に対処するため、通常の3~6倍ものホップを投入し、可能な限り菌の繁殖を防げるように工夫されます。
ただし、普通に大量のホップを入れると苦くなりすぎるので、ランビックではあえて1~3年寝かして苦みの成分を飛ばした古いホップが使われています。
出来上がった麦汁は、醸造所の屋根裏に用意された浅いプールに入れられて一晩冷却されます。このときに、天井の隙間から麦汁の中に空気中の酵母が入り込んできます。冷却が終わると麦汁はオークの樽に詰められ、発酵と熟成が行われます。
現代では一部の醸造所はタンクを密閉し、ホースで空気を送ることで酵母を投入する方法をとっているようです。
ランビックを作る野生酵母
ゼンネ川周辺の地域で確認されている酵母は、おおよそ86種類にもなります。
酒の発酵に使われる酵母の品種はいろいろあれども、生物学的には殆ど同じ種です。これに対し、ランビックに入ってくる酵母の中には、普通は酒の発酵にはかかわらないような種類もあり、フルーティーな香りの素を作るものや、天然皮革(レザー)の素を作る少し変わったものまで含まれています。
また、酵母だけでなく乳酸菌も取り込まれるので、アルコール発酵と共にヨーグルトのように乳酸発酵が進み、酸っぱい味を持つようにもなってきます。
ランビックの特徴
生小麦を使用しているので、小麦のたんぱく質が漂い、うっすらと濁った金色をしています。
炭酸の発生量は少なく、工夫していない純粋なランビックは、グラスに注いでもほとんど泡が立ちません。味の面で何よりも特徴的なのは「酸っぱい」ことです。熟成が進むと乳酸発酵がどんどん進み、残っている糖が消費されて甘みが無くなるとともに酸味が大きく増してきます。
熟成1年目のものはそれほどではありませんが、3年ものになればグレープフルーツジュースかと思われるような、強烈な酸っぱさを持つようになります。使われているホップは古く苦みが飛んでいるので、苦みは弱いか、感じられないレベルにとどまります。麦芽の甘みもほとんどなく、ややドライな味わいです。
香りも一風変わっており、古いホップが持つチーズのような香りが漂います。中にはホコリやカビっぽい臭いがするものまであるようです。これは別にホップが傷んでいるから生じるわけではなく、ホップ自体がそうした臭いがするものが使われているだけです。
濁っている、炭酸が弱い、強烈に酸っぱい、チーズ(カビ)っぽい臭いと、日本人からしてみればビールとして受け入れがたいような存在に思えます。しかし、ランビックが生まれたのは16世紀なので、我々が良く知るビールよりも歴史が古い正当な姿であるともいえるでしょう。
項目 | 詳細 |
---|---|
原産地 | バヨッテンラント地域(ベルギー) |
発酵の種類 | 自然発酵 |
色 | 金色~濃い琥珀色 |
アルコール度数 | 5~8% |
麦、ホップ以外の原料 | 小麦(麦芽ではない) |
最適温度 | 9度 |
有名な銘柄(海外) | カンティヨン グーズ リンデマンス グーズ オードグーズ ティルカン ブーン グーズ など |
ランビックのブレンド「グーズ」
できたままの純粋なランビックは、醸造所や地元のカフェなどでないと飲むことはできません。ちなみに、使われるピッチャーはガラスではなく陶製です。
一般的に流通しているランビックは「グーズ(Gueze)」というブレンドものです。
グーズは熟成年数の違うランビックをブレンドしたもので、通常は若いランビックと古いランビックを1:2の割合でブレンドします。1~3年のランビックをどの程度の割合でブレンドするかによって、個性が大きく変化するのが特徴です。
ブレンドしたあとは瓶に詰め、コルクで栓をした上で、針金で固定したり、王冠で蓋をしたりして密封します。瓶の中ではさらに発酵が進み、炭酸がかなり出ます。ブレンド無しのランビックがほぼ無炭酸であるのに対し、グーズはしっかりと泡が立つところが違いです。
瓶詰したあとにコルク栓の上からさらに固定するのは、二次熟成の時に出てくる炭酸に押されて抜けてしまわないようにするための処置です。
通常は瓶の状態で1年程度熟成して完成しますが、密封してあれば10年近く保存することができます。
ちょっと変わった、なんとも複雑で形容しがたい味でなのですが、ブレンドで調整されているために癖がそれほど強くなく、比較的飲みやすくなっています。
甘口ビール「ファロ」
ファロ(Faro)は薄いビールにランビックを加え、飲むときに砂糖を追加して作った低アルコール・甘口のビールです。低品質なランビックと醸造したての薄いビールを使っているので、味とアルコール分は薄い代わりに低価格なところがウリでした。
長らく廃れていたのですが、現代になってよりおいしく飲めるように再現されたものが作られるようになっています。現在ではさすがに安物は使われず、糖も原料として瓶詰めの際に追加されます。瓶の中で二次発酵してアルコール度が高くならないように加熱処理されている点が特徴です。
酸味は強いのですが、それに劣らず砂糖の甘みがあり、ビールであるのにジュースのような味と香りを持っています。
日本で通年輸入されているのは、「リンデマンス」ブランドのファロだけです。
進化してゆくランビック
ランビックは伝統的な製造法を保っていますが、一方で新しい試みもなされています。
ティメルマン醸造所では、古いランビックにベルジャン・ホワイトビールをブレンドした「ブランシェ・ヴィット ランビック」を開発しています。このほか、ビールから作ったリキュールをブレンドしたカンティヨン醸造所の「ル・ペペ」、生大麦と新しいホップを使った「カンティヨン イリス」なども登場しました。
まだまだ、いろいろと発展する余地がありそうです。
他の国の自然発酵ビールは?
ランビックと名乗ることができるのはバヨッテンラント地域のもののみですが、自然発酵ビールは他の地域でも作られています。日本でも博石館ビールの「天然蜂蜜酵母自然麦酒」と「自然麦酒」を製造していましたが、現在はビール事業部が閉鎖されたので手に入らなくなっています。今でも手に入るものには、いわて蔵ビールの「ナチュラルビール」があります。
次回はランビックにベリーやキイチゴを漬け込んだフルーツビール「クリーク」と「フランボワーズ」を紹介します。