マイルドエール(Mild Ale)は17~18世紀ごろのロンドンで誕生したエールビールです。マイルドの名の通り、麦芽の甘みが主体で苦みが弱めの飲みやすい味です。色は濃いものが普通ですが、濃さやアルコール度数も低めに抑えられているので、抵抗なく飲めるビールになっています。
マイルドエールの特徴
マイルドエールはいろいろな点でマイルドな所が特徴です。アルコール度数は3.4~4.4%と弱めで、製品によっては1%台のものもあるぐらいです。味は麦芽の甘みが支配的で、ホップの苦みは微弱なレベルにとどめられています。苦さの指標であるビタネス・ユニットで見ると、ピルスナーが25~37であるのに対し、10~20程度となっています。
味が無いんじゃない?と気になるかもしれませんが、強く主張する要素がないというだけで、しっかりとビールらしい香りも味もします。同じようにあっさりがウリのアメリカン・ライトラガーに比べると腰の入った風味で、食事をしながら共に飲むのが良いビールです。ピザやサンドイッチなどの軽食や、ダークチェリーのタルトなどのスイーツともよく合います。
項目 | 詳細 |
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原産地 | イングランド |
発酵の種類 | 上面発酵(エール) |
色 | 赤みがかかった茶色~黒に近い茶色 |
アルコール度数 | 3.4~4.4% |
麦、ホップ以外の原料 | 無し |
最適温度 | 10~12度 |
有名な銘柄(海外) | ハーベイズ マイルドエール(イギリス) レッドゲート ルビーマイルド(イギリス) ブロウラー・パグリスト・スタイル・エール(アメリカ) トカルマット ワーキングクラス・マイルドエール(イタリア) など |
有名な銘柄(日本) | 郡上八幡麦酒こぼこぼ マイルドエール(郡上八幡麦酒) 志賀高原ビール Not So Mild Ale(玉村本店) 小田原エール(箱根ビール) 伊勢角屋麦酒 マイルドエール(伊勢角屋麦酒) など |
マイルドエールの種類
色はローストした麦芽を使った濃色の「ダーク」と、ローストしていない麦芽だけで作った「ペール」があります。ペールの場合は琥珀色に近い色合いです。一部には赤色に近いものもあり、「ルビーマイルド」と呼ばれています。
ただし、マイルドエールは誕生時から現代までかなり大きな変化をたどってきたビールで、「伝統的」なマイルドエールには上記の特徴に当てはまらないものもあります。度数が11%を超えるもの、スタウトと同等以上の黒さを持つもの、ガツンと来る濃い味や香りを持つものなど、「マイルドか?」と疑問を抱いてしまうものもたくさんあります。
マイルドエールの歴史
イギリスのビール、特にロンドン生まれのビールは、産業革命に伴って発展したものが多くあります。マイルドエールもその中の一つで、長時間労働を行う労働者の求めによって作られたビールです。
イギリスのビールではビールは未熟成の樽の状態で出荷され、パブが熟成を管理し提供していました。18世紀では、まだ熟成が進んでいなくて味に深みがないものが、種類を問わず「マイルド」と呼ばれていました。マイルドのビールは単体で飲むと今一つですが、長く貯蔵して香りが飛んでしまった熟成ビールとブレンドすることで、味と香りのバランスをとるためによく使われていました。
19世紀になって産業革命が進むと、一日十数時間も紡績所や溶鉱炉、坑道で働く労働者の間で「もっと楽に飲める軽めのビールが欲しい」という声が上がるようになりました。
ちょうどこのころ、醸造所の側でもビールの熟成にかかる期間を短縮して回転率を高くしたい、麦芽にかかっている税の量を下げたいという思いが出ていたようです。消費者と供給者の双方が、軽めで低アルコールなビールを欲していたことが、「マイルド」なビールが出回る原動力となったのです。
最初はマイルドでなかった「マイルド」
現代でこそマイルドの名にふさわしい飲みやすさになっているマイルドエールですが、最初から優しい味であったわけではありません。
18世紀のマイルドなビールは熟成が進んでいないというだけで、ビール自体はとても濃いものが普通でした。発酵前の麦汁の濃さを表す初期比重が、一番軽いとされるものでも1050と、現代のピルスナーと同レベル(1044~1050)の濃度を有していました。さらに、使われている麦芽はローストしたブラウンモルト100%が普通であったため(現代の黒ビールはローストした麦芽の使用率は5%程度)、味の濃さは比較にならないレベルにあったことでしょう。
マイルドエールの等級
やがて19世紀に入ると、麦芽を焙燥する窯が改良されたことで、焦がさずに乾燥させたペールモルトが主体になります。ビールは麦芽の使用料によって税金が課されていましたが、ペールモルトを使う方が同じ重さでも作れるビールの量が多いので、以降は黒ビールでもペールモルトを主体にしたものが一般化され、味もブラウンモルト100%のものより軽めになりました。
それでもマイルドエールは、今の感覚からすれば「マイルド」とはいい難いものでした。当時はXの文字の数でビールの濃さを表し、マイルドエールはX~XXXXで分けられていました。最も軽いXでも初期比重は1070、アルコール度数は7%が平均で、XXXXにもなると1100を超える超濃厚ビールでした。
20世紀に入ってマイルドになったが……
1880年になると、ビールの原料に麦芽以外の材料(米、コーン)も使えるようになりました。これらの原料は麦芽の使用量を減らすとともに味をまろやかにします。また、糖類が使用できるようになったことで、麦汁を濃くせずに味や色に深みを出すことが可能になりました。これにより1900年にはXで比重が1055、アルコール度数5.5%程度になり、XXやXXXは殆ど消えてしまいました。
その後も、第一次世界大戦に伴う麦芽の流通量の低下、1920年代におけるビール醸造量制限、1930年代の麦芽税の増加、第二次世界大戦などを経て、濃さは1035とかなり弱めになりました。
こうして名実ともにマイルドになったのですが、1950年代にはイギリスの産業構造はとっくの昔に変化しており、「肉体労働者のビール」は必要とされなくなっていました。もっとホップが利いたビールの方が好まれる時代になり、ロンドンやイングランド北西部、スコットランドではマイルドエールはあまり見られなくなってしまいました。
復活の兆し
一旦は絶滅危惧種になってしまったマイルドエールですが、イギリスで1970年代に発足した伝統的ビール保存運動「CAMRA(Campaign for Real Ale:リアルエール運動)」によって、復興の試みがなされています。CAMRAはパブが管理する樽熟成エール(=リアルエール)を再興させ、マイルドエールもその対象に含めています。今では5月を「マイルドエールの月」に定め、2015年ではアメリカにも活動の範囲を広げました。
日本ではピルスナーに代表されるホップの利いた切れの良いビールが好まれているので、甘めなマイルドエールが活躍するのは難しそうです。しかし、ビールの好みも多様化した現代においては、苦くないまったりした味が好きな人もいるはずです。日本でもリアルエールが飲めるお店も登場しているので、自分が好きなビールかどうかを試すにはうってつけの環境が出来上がっているといえるでしょう。
次回はオーストリア発祥の「ウィンナー・ラガー」を紹介します。