スパイスビールやハーブビールは、スパイスやハーブを漬け込んで香りや味を引き出したビールです。お酒にこうした香辛料を漬け込んで味を付ける方法は広く行われており、それらのビール版とでもいうべき存在です。
スパイスやハーブは、果物や野菜と違って糖やデンプンは入っていないので、発酵に使うのではなく、出来上がったビールや熟成中のビールに漬けて成分を抽出する形で利用されます。
チョコレート(カカオ)
一般的には「チョコレートビール」にはチョコレートを使ったビールではなく、強くローストした「チョコレートモルト」という麦芽を使ったものであることが一般的です。チョコレートモルトは、ちょうどチョコレートのような色と香りを持つようになります。
ただし、中には本当にチョコレートやカカオパウダーを使用したビールも存在します。チョコレートスタウトでも、隠し味としてカカオパウダーを加えて味に深みを出したものもあり、ブラウニーを思わせる非常に濃厚な味を楽しめます。
近年ではバレンタインデーの贈り物として、バレンタインシーズンに限定販売されるものもあります。
日本では実際にチョコレートを使っているものはあまりなく、サンクトガーレンの「チョコビール」シリーズや、ベアレン醸造所の「チョコレートスタウト」は、チョコレートモルトだけを使っているタイプです。例外として、宮下酒造の「チョコレート独歩」はモルトだけでなく実際のチョコも使ったタイプで、ホワイトチョコレートを使用したバリエーションもあります。
コーヒー
コーヒービールはビールにコーヒー豆を漬け込み、苦みと深い香りを抽出したビールです。使うビールはスタウトやポーターなど、コーヒーの風味にマッチした深いコクを持つスタイルが好まれる傾向にありますが、中にはペールエールやクリームラガーなどといった明るい色のビールが使われることもあります。これらは普通のビールらしい色をしているので、飲んでみると驚くかもしれません。
日本では木内酒造の「NEST エスプレッソスタウト」、フルーツビールを多く作っているブルーマスターのコーヒーポーター「ヒーリングタイム」などが通年販売されています。また、岩手では震災からの復興のため、アンカーコーヒーと世嬉の一酒造による共同開発品「いわて蔵ビール コーヒービール」が作られていました。
バニラ
アイスやチョコに使用されるバニラは、香料の王様といえるほど広く愛されている香りです。貴重なために現代ではほとんどが人工的に合成されたものになっていますが、その人気は変わりありません。
チョコレート系の風味と相性が良いので、ビールではチョコレートモルトを使ったスタウトやポーターに使用したものが一般的です。もちろん、それ以外のスタイルのビールにも使用されています。
日本での代表格は、何といってもサンクトガーレンの「スイートバニラスタウト」。通年で手に入れられる通常バージョン以外に、バレンタインシーズン限定バージョンもあります。
ハーブ類
ホップが使われる以前は、ビールの香りづけと防腐のためにハーブをブレンドした「グルート」というものが使われていました。現在はホップの普及によってグルートの製法の大半は失われてしまいましたが、少数ながらもハーブで香りづけをするビールも残されています。
代表的なものが、ベルギーで作られる小麦ビールのベルジャン・ホワイトで、オレンジピールと共にコリアンダー(パクチー)の種が使われていることで知られています。また、チョコレートビールには、チョコミント風の味わいを出すためにミントを漬け込んで香りを付けたものも存在します。
唐辛子(チリ)
ビールに唐辛子を漬けて風味や辛さを抽出したものが唐辛子ビール(チリビール)です。唐辛子の辛み成分カプサイシンはアルコールに溶けるので、ビールに漬け込めば辛いビールが出来上がります。
日本でも手に入れやすい唐辛子入りビールはメキシコの「チリビール」です。淡い色のライトラガーで、瓶に青唐辛子が丸ごと入ったインパクトのある外見をしています。見た目は強烈ですが、激辛ということはなく、野菜としての唐辛子が持つまろやかな甘みがあり、食欲を促すようなさわやかな辛さがある刺激的なビールとなっています。
日本ではなじみがないために、作っているメーカーはあまりないようですが、唐辛子の本場であるメキシコや、国境を接するアメリカ南部では人気があるスタイルです。
ショウガ
ジンジャーエールやジンジャービアというと、ショウガを使ったノンアルコールの炭酸飲料のことを指しますが、それらとは別に本物のビールにショウガを加えたものがあります。
ショウガとアルコールによって次第に体が温かくなってくるので、冬におすすめのビールです。使われるビールは、ペールエールやIPAなど、ショウガにマッチした豊かな香りを持つスタイルのものが多いようです。
日本では木内酒造の「NEST リアルジンジャーエール」が通年販売されています。限定品ですが、サンクトガーレンの「ジンジャーIPA」など、苦みと辛みをミックスさせた個性派の逸品も存在しています。
山椒
日本を代表するスパイスである山椒を使ったビールも存在します。
世喜の一酒造の季節限定販売品「いわて蔵ビール ジャパニーズハーブエール山椒」は2016年度の「世界に伝えたい日本のクラフトビール」でグランプリを獲得し、世界最大のビール品評会であるオレゴンビアフェスティバルに特別招待されました。
また、ファーイーストブルーイングからは、山椒と共にゆずを使用した「馨和 KAGUA」が通年販売されています。こちらは甘くやわらかなベルジャン・ホワイトの「Blanc」と、高アルコールでフルボディなダーク・ストロングエールの「Rouge」の二種類が用意されています。
世界のビールの種類を分類する「ビアスタイルガイダンス」の最新版によれば、ビールのスタイルは106にも上るとされています。
このガイダンスで分けられていないもの、まだ認知されていないものも含めれば、その数はもっと増えることでしょう。さらに、同じスタイルでも作っているメーカーごとに味や香りは大きく異なっているので、世界中のビールの銘柄の数は無数と言って良いほどになるはずです。
日本では1869年に最初の醸造所が建設されて以降、ジャーマン・ピルスナーが日本のビールのほぼすべてを占めていました。それによってビールといえば1種類だけしかないようなイメージも生まれてしまいましたが、実際はもっと奥深く、「何でもあり」な飲み物なのです。
フルーツジュースのように甘いもの、ワインと同じぐらいのアルコール度数があるもの、すっぱいもの、炭酸がほとんどないものなど、「金色で苦い」ビールはむしろ少数派といっても過言ではありません。同じカテゴリー内での多様性は、ワインや日本酒よりもはるかに上でしょう。
現代は、規制緩和によって中小の醸造所が増え、インターネットでのショッピングも簡単になり、様々なビールを試すのに絶好の時代です。もしも普通のビールが苦手なら、自分に好みのスタイル、ブランドのビールを見つけるのに挑戦してみましょう。