10月22日、平安遷都の日・時代祭におすすめの日本酒発祥の地、奈良のお酒をご紹介

10月22日、平安遷都の日・時代祭におすすめの日本酒発祥の地、奈良のお酒をご紹介

10月22日は、平安遷都の日・時代祭です。

794年のこの日、京都の南西にある長岡京から、現在の京都市にあたる平安京に桓武天皇が移りました。

この日は時代祭が行われ、平安時代の装束を纏った2000人もの時代行列が練り歩きます(2021年は中止)。

時代祭は葵祭、祇園祭と並ぶ京都三大祭のひとつとして知られています。

平安遷都1100年を記念し、生まれた祭

時代祭は、明治28年に首都が東京へと事実上遷都され、明治維新により疲弊し、活気のなくなった京都をづけるべく、町おこし事業のひとつとして、第4回内国勧業博覧会が行われました。

平安神宮が創祀された、岡崎一帯に数多くのパビリオンを建設し、博覧会を行ったところ、博覧会は大成功を収めます。

さらに、その年の秋に平安遷都1100年記念祭と式典が行われ、最後に時代風俗の行列が行われました。

ひと目見て京都の歴史や文化がわかる、他には真似できないものをということで考えられ、これが現在の時代祭の元になっています。

時代行列は、1000年の歴史を2時間で振り返ることができるもので、その時代の装束をまとった2000人もの人が、歴史の教科書に出てくるような人物に扮して練り歩くものです。

今年は新型コロナウイルス感染拡散防止のために中止となっていますが、例年は時代行列を見物する数多くの人で、平安神宮周辺の沿道は大いに賑わいます。

平安時代の食生活、どんなものを食べていた?

さて、平安時代の人々がどんなものを食べていたかご存知でしょうか。

平安時代の人々といっても、貴族もいれば庶民もいるので、食事の内容も立場によっていろいろだといえます。

貴族の人たちの食事はとても豪華だったと言われています。

白米を主食とし、主催や副菜にデザートまで付くような優雅な食事で、京都は海から遠かったために、海の幸こそ並ばなかったものの、川魚や野禽類などが料理に使われていたといわれています。

一方で庶民はというと、あわやキビなどの雑穀をメインにした粥を主食に、野菜を中心とした一汁三菜がポピュラーなものだったそう。

貴族たちは生活習慣病にも悩まされていたそうなので、どちらがいいかは考え方次第かもしれませんね。

平安時代に飲まれていた酒

平安時代にはすでに、お酒の醸造技術があり、貴族たちはお酒を飲んでいたと言われています。

当時は僧侶が大寺院で造る「僧坊酒」が飲まれていました。

奈良で造られる「南都諸白」がそのひとつで、このお酒は室町時代までその名声を保ちました。

他には「菩提泉」や「天野酒」がよく知られていたのですが、それらのお酒は、奈良酒の基礎技術がなければ生まれなかったといわれています。

当時、奈良はお酒の一大産地でもあり、現在でいうバイオテクノロジーの最先端が奈良にあったといえます。

日本酒発祥の地、南都・奈良の酒造りを今に伝える蔵、春鹿

南都諸白を生んだ奈良は、日本酒発祥の地と言われています。

徳川家康が「奈良酒をもって最上とする」とまで言った南都諸白を今に伝える酒蔵として知られているのが「春鹿」です。

春鹿では、高精白の原料米を使用し、口当たりの良いまろやかで軽やかな、華やかさのある切れの良いお酒づくりを目指しているといいます。

これは、すべての点で高品質であることが知られていた南都諸白に通じるもので、辛口の高品質な酒造りを目指すことは、その伝統を守ることでもあるといえます。

金色のラベルが華やかで、はれの日にふさわしい春鹿の純米大吟醸は、ワイングラスで美味しい日本酒として2014年に最高金賞を受賞しているお酒。

フルーティで豊かな香りが感じられる、凛とした佇まいのお酒は、時代祭の夜、季節の食材を集めたごちそうとともにいただくのにぴったりです。

美味しい日本酒で平安貴族の暮らしに思いを馳せるのも、秋の夜長にいいかもしれませんね。

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