「うぉおおおお!!」男たちの野太い雄たけびが、タバコの煙が充満した地下室に響いた。
今回の「今宵の酒」は、そんなところで呑んだ記録です。
場所は東京都世田谷区・下北沢。
下北沢南口商店街のゆるゆるとした下り坂を降りて
ドラッグストアの手前を右に折れたところにある「大衆酒場 よっちゃん」
下北沢にディープな立ち呑み酒場があると聞き、ひとりでふらふらと来てみた。
お店は地下1階、ふるびた階段を降りる。階段の壁にはレトロなポスター。
階段の先には、ただの鉄扉。お店の看板はない。「いらっしゃいませ」とか「営業中」といった類の案内も、当然ない。(無意識のうちに緊張していたのか、写真がひどく手ぶれていて申し訳ない。)
でも、扉が半開きだったのが救いで、そこから飲み屋独特のガヤガヤした音が聞こえてきた。
よし、入ってみよう。
重い扉を開けて中に足を踏み入れると、テレビの音量を急に大きくしたように、喧騒が耳に覆いかぶさる。タバコの煙が充満していて室内全体がもやがかっている。
コの字型に木のカウンターがあり、カウンターに向かってぎっちり人が詰まっていた。「満員です」と断られるんじゃないかと思うくらいの混み具合だったが、わたしが遠慮がちに「ひとりです」と言うと、店員のお姉さんは「ちょっと、ここ空けてもらえますかー」とお客さんを左右に分け、一人分のスペースを作ってくれた。よかった。一見の客だからって冷たくされることはなく、ホッとした。
雰囲気に呑まれてクラクラしながらも、手元にあったメニューからなんとか、トリスのハイボールの文字を拾い読み、店員さんに頼んだ。
メニューをよく見ると「前金制」とのことなので、きっちり350円をお姉さんに渡し、ハイボールを受け取る。小銭をたくさん持ってくるべきだったと後悔。
ハイボールを手酌するのは初めてだったかもしれない。ウィスキーが入ったグラスに、炭酸水を自分で注ぎ入れるのだ。
ぐいぐい呑んだ。
呑もう。呑むしかない。
お客さんは狭い空間にぎっしり詰まっていて、年齢層は30代を中心に、20代~50代くらいのように見える。地下の立ち呑みというと、もっとしみったれたイメージを持っていたけれど、意外にも若々しい活気があった。全体に漂う男臭さは否めないが、女性客も少なくない。明るい笑い声がはじける。
みな、よくしゃべっている。友達と連れ立ってきているのかと思ったが、そうでもないことをあとで知った。ひとりで来て、たまたま隣にいた人としゃべる。よく会う常連としゃべる。そんな感じらしい。
お客さんの多くは壁面にあるテレビの野球中継を観ていた。そして、ときどき「うぉおおお」という声がとどろく。この日は、日本シリーズの阪神VSソフトバンク戦で、ソフトバンクが優勝した試合だったため、とくに盛り上がっていたのだろう。
気圧されてモジモジしていると、わたしの隣の男性客が見るに見かねたのか「好きなものを頼むといいですよ。まず、カウンターの上に千円札1枚くらい置いておくんです。で、『お願いします~』と声かけて注文するんです」と教えてくれた。
なるほど!そうか!
カウンターにいくらかお金を置いておく。注文すると、お店の人が注文分のお金を差し引いて、おつり分をまたテーブルに残しておいてくれる。小銭はたくさん用意してこなくてもいいのだ。
たしかにカウンターの上をよく見れば、各自の前に小銭が置かれている。
このお店のシステムにのっとったやり方で、わたしは100円のハムキャベツと、150円のみょうがを頼むことができた。
200円のマグロの中落ちは売り切れていて、とりからあげ250円は食べきれなさそうなのでやめた。
お通しはなく、おつまみのメニューは100円から!
あっという間に呑み干してしまったハイボールの次には、「金宮」という焼酎を、これまた炭酸水で割って呑んだ。
立ち呑みのオーダーシステムを説いてくれた隣の男性客は、バイトをしながら音楽活動をしているという、下北沢に一番多い人種だ。その人と音楽と映画の話をしているうちに、周囲の客が少し入れ替わり、すぐそばで外国人が日本酒をぐいぐいあおりはじめた。
わたしも日本人としての誇りを思い出し、日本酒をオーダーした。高清水だった。
日本酒好きな外国人、聞けば世界を股にかけてツアーをしているミュージシャン。音楽関係の本も出版されていて、日本語訳も出ている。日本と韓国でライブがあり、来日中なのだとか。
その隣の日本人も、プロのミュージシャン。そんな人たちと隣り合わせて一緒に安酒を傾けるとは、音楽の街・下北沢の醍醐味だ。
一方で、野球中継をワイワイ観るために来ている、野球好きの客も多い。
店主が大の広島カープファンで、テレビはいつも野球中継なのだとか。ヤジを飛ばしながら常連客と酒を呑むのが楽しいらしい。野球中継が終わってもスポーツニュースを見ながら、客たちの野球談義が続いていた。
お店は23:30閉店。下北沢にしては早い時間の店じまいだが、営業は午後3時半からしている。
閉店時刻、まばらに残っていた客数人で、酔客の定番コース、カラオケへ。
下は20代から上は40代の面子で「ブルーハーツしばり」のルールを、尾崎豊やRCサクセションや「六甲おろし」で脱線しながらも、大いに盛り上がり、下北沢の夜は更け、別れるときは「また、よっちゃんで会おう!行くとき、声かけて」と連絡先を交換しあった。
「また、よっちゃんで会おう!」
なんていい響きだろう。お互いに名前も素性もよく知らないけれど、あの地下室で一緒に呑んで笑える人がいる。
手のひらの内出血の痛み(カラオケでタンバリンを叩き過ぎ)と共に、酒呑みとしての幸福を実感。
あなたも、気になっているあの飲み屋に、今度、思い切ってひとりで行ってみたくなったでしょ?
大衆酒場 よっちゃん
東京都世田谷区北沢2-17-14 下北沢センタービル B1F
水曜日定休
営業時間:15:30~23:30
サイトURL(食べログ):http://tabelog.com/tokyo/A1318/A131802/13097375/